説教抜粋

毎週の礼拝説教の抜粋を掲載しています。聖壇を飾るお花、教会の様子なども掲載します。

2019年01月27日 ( 日 ) 1月27日説教抜粋


 

 

 
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1月27日説教抜粋
「あらゆる汚れからの清め」
 コリントの信徒への手紙二第6章14節―第7章1節
本日の聖書箇所の冒頭に出て来る「軛」については、何度も話題としてはここでお話ししましたが、もう一度どうしても説明しなければなりません。というより、私自身も見たことがないので、こういうものだという説明を皆さんにお伝えするしかないのです。畑を耕すとき、一頭の牛よりも二頭の牛で耕した方が、多くの範囲を耕すことができます。しかし、その二頭はどちらかが力が強いのではなく、等しく同じ力ではないといけないし、同じ方向を見て歩いて行かないと、きちんとまっすぐに耕すことができません。そこで、二頭の牛が同じ方向を見るように牛の首に木の器具をはめて牛を引きます。その器具が「軛」です。「軛」を嵌められた牛は同じ方向を耕すばかりか、自分の体の自由を奪われることになります。つまり二頭とも奴隷状態になってひたすら畑を耕すのです。そのことを頭に入れて本日の聖書箇所を読みますと、
「14あなたがたは信仰のない人々と一緒に不釣り合いな軛につながれてはなりません。」という出だしです。軛のイメージだと、同じ牛でも、信仰の篤い人と信仰的でない人が同じ軛につながれると、どうなるかということです。パウロは、同じ軛につながれてなりません、と言い出しています。そこで、不釣り合いなもの、対照的なものの対比が語られます。「正義と不法」、「光と闇」「キリストとベリアル」「信仰と不信仰」「神の神殿と偶像」どれも同じ軛につながれると不均衡極まりないものとなります。それらの対比が言われた後に、「わたしたちは生ける神の神殿」と言われます。(牧師 中井利洋)
※本日のお花は、夏堀一枝さんの担当です。看板は、廣岡麗子さんが担当してくださいました。1月26日(土)に、三地区合同CS生徒大会で企画している「教師セミナー」の会場下見に、聖ドミニコ会の青野木荘に行ってまいりました。セミナーには格好の場所です。